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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)7397号 判決 1983年1月20日

原告 山三化学工業株式会社

右代表者代表取締役 宮本順三

右訴訟代理人弁護士 三木孝彦

同 板東宏和

同 前川宗夫

同 森正博

被告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 岡田隆芳

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録(二)、(三)記載の各建物部分を明渡せ。

二  被告は原告に対し、昭和五六年一〇月一八日から、右目録(二)記載の建物部分明渡済まで一か月金五万一、〇〇〇円、目同録(三)記載の建物部分明渡済まで一か月金四万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  主文第一ないし第三項同旨

(二)  仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求はいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は別紙物件目録(一)記載の建物(以下「山三ビル」という。)の所有者である。右山三ビルは七二室の貸室を有し、原告は、うち五〇室をマンションとして住居用(現在四六室入居中)に、残り二二室を貸事務室(現在一二室入居)として賃貸している。

二  原告は被告に対し、昭和四八年四月一日、同目録(二)記載の建物部分(山三ビル東館六〇二号室、以下「六〇二」という。)を賃料一か月三万六〇〇〇円(但し、昭和五四年一一月以降五万一〇〇〇円に更新)、同目録(三)記載の建物部分(同ビル東館六〇三号室、以下「六〇三」という。)を賃料一か月二万九五〇〇円(同じく四万二〇〇〇円に更新)で貸し渡した。

三  右賃貸借契約(以下「本件契約」という。)には「賃借人が近隣の賃借人に著しく迷惑を掛けたとき、又は掛ける恐れがあるとき、もしくは近隣の迷惑となるべき場合その他山三ビルの物件に損害を及ぼす恐れがある場合には、直ちに本件契約を解除できる。」旨の特約があった。

四  訴外甲野一郎(昭和三九年六月五日生、以下「一郎」という。)は被告の長男であり、六〇三で起居している。

昭和五六年六月初め頃から、右一郎はその友人であり暴走族である年齢一七、八才位の若者一〇数名と共に右山三ビル内においてシンナー類を吸引しては、昼夜を問わず、毎日の様に次のような暴挙を繰り返した。

1 エレベーター内で、照明灯カバーや行先表示灯カバーを破壊し、たんやつばをはき、放尿する。

2 エレベーター内にひそんで乗り合わせて来る婦女子をおどす。

3 自動二輪車で山三ビル敷地内に乗り込んできては消音装置をはずし、異様な騒音を出しながら同駐車場内を乗り回す。

4 公衆電話帳やタバコ自動販売機等のビル内設置物に火をつける。

一郎をはじめとする右非行グループの暴挙は日増に増長する一方で、山三ビル管理人訴外谷口行男(以下「谷口管理人」という。)の制止を全く意に介さず、同月二七日には、シンナー類を吸引した右非行グループに同人が襲われ、同年七月末頃には、いわゆるエロ本を多数部屋に投げ込まれ、ドアを足蹴りにされるなど繰り返された入居者が原告に退去を申し出た(なお、右入居者は原告の懇請により部屋を変えることで退去を思いとどまった。)。

五  右非行グループの暴挙により、原告がビル内の物件破損による財産的損害を蒙っているだけでなく、同ビルの入居者らは不安・怯えの毎日を過しており、その精神的苦痛は図り知れないものがある。

六  そこで、原告は被告に対し、同年八月一日及び同年九月一一日到達の内容証明郵便により、右非行グループの暴挙を防止するよう催告したが、被告は一郎ら非行グループに対し、適切な指導をなすことができず、その暴挙は一向におさまる気配をみせない。かえって、同年八月二三日には右内容証明郵便に反発した一郎が谷口管理人に殴りかかろうとし、同人が管理人室に逃げ込んで危うく難を逃れるとの事態まで発生した。

入居者らの原告に対する苦情は日増に大きくなり、原告はその対応に追われて本来の業務にも重大な支障を生じている。このまま事態を放置すれば、ビルの破損、入居者の退去等により、原告が財産的損害を蒙るだけでなく、入居者らの身体・財産にいかなる危害が加えられるやも知れない。原告は被告の指導を期待していたが、事態は悪化する一方で、もはや一刻も猶予することができない状態である。

七  一郎は被告の長男で、かつその同居人であるから、賃借人たる被告の履行補助者である。よって、一郎ら非行グループの前記のような暴挙ないし近隣妨害行為は被告自身の暴挙ないし近隣妨害行為と同一視されるものである。

そして本件では、第三項記載のように、近隣妨害行為等について厳格な特約がなされており、また賃借物件がビルの一室であって、原告は他の入居者らに対し、静穏に居住・使用させる義務を負っているのであるから、それを妨害する被告の近隣妨害行為及びビルに対する破壊行為という義務違反は極めて重大なものであって、信頼関係を完全に破壊するものである。

八  原告は被告の右近隣妨害行為等に基づき、本訴状をもって本件契約を解除することとし、右訴状は昭和五六年一〇月一七日被告に送達された。

九  よって、原告は被告に対し、六〇二、六〇三の二室の明渡を求めると共に、本訴状送達の翌日である昭和五六年一〇月一八日から賃料相当損害金として、六〇二の明渡済に至るまで一か月金五万一〇〇〇円、六〇三の明渡済に至るまで一か月金四万二〇〇〇円の支払をそれぞれ求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因一、二は認める。

二  同三は否認する。

三  同四のうち、一郎の身分関係、同居は認め、その余は全て否認若しくは不知。

四  同五は争う。

五  同六のうち、その主張のとおりの内容証明郵便が到達したことは認め、その余は不知。

六  同七、八は争う。一郎の友人のなかに非行少年がいたとしても、被告は昭和五六年七月頃から被告の経営する喫茶店に働かせて監督するようにし、右友人とは一切つきあわないよう指導し、現に一郎はつきあいをやめ、真面目に働いているから、解除される理由はない。

(抗弁)

次のとおり、原告主張の特約は無効である。

一  本件賃貸借契約書は、原告が入居者用にあらかじめ印刷用意した書面であって、入居にあたり、保証金、賃料、共益費の支払承認と共に署名、押印を要求されたもので、細目条項については説明も意思確認もなかったから、例文であって無効である。

二  また右特約条項は他の法的規律により規制されるのはともかく、個人の生活権にかかわる問題であり、そのまま有効とすれば刑罰の連座刑を認める結果となり、元来賃貸借契約の内容として片付くものではない。従って、損害賠償等の請求はともかく、契約の解除理由とはならないし、もちろん正当事由の内容にもならないというべく、当然無効である。

三  仮に本件契約の内容をなすとすれば、借家法一条の二に違反し、借家人に不利な特約であるから同法六条により無効である。

(抗弁に対する答弁)

抗弁一ないし三は争う

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因一、二の各事実及び一郎が被告の長男であり、被告と同居していること、同六主張のとおり内容証明郵便が被告方に送達されたことはいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば同三の事実が認められ、《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。

(一)  被告は喫茶店を経営しており、六〇三を運転手に使用させるとの名目で借りていたが、自らは小学生の長女と共に六〇二で起居し、六〇三は長男一郎(昭和三九年六月五日生)に使用させていたところ、定職を有していなかった同人は被告の帰宅が午前二時過ぎで、その目の届かないのをよいことに、昭和五六年六月頃から友人らを六〇三に連れ込むようになった。

(二)  右友人らグループはいずれも一七、八才の少年であり、六〇三に出入りするだけでなく、山三ビル玄関付近に屯し、同ビル北館、東館、南館に囲まれた専用モータープールをバイクで走り廻り、右モータープールに駐車してある同ビル居住者所有の車の間や、同ビル内の便所でシンナーを吸ったりし、ふらふらの状態でエレベーターに乗り、同ビル内で開校されている語学教室を訪れる子供らが乗るのを妨害したりし、或はエレベーターを動かないようにさせ、更に同ビル内に落書したり、所かまわず小用を足したりした。

(三)  右少年達は、土、日曜は午前一〇時頃から、平日は午後三時頃から集り始め、時には六〇三に寝泊りして毎夜の如く騒ぎを起すので、同ビル居住者らも被告の退去を求め、賃貸人である原告会社の同ビルの管理責任を問う声が出るようになり、同年八月には北館の居住者の希望により比較的影響の少ない南館に移ってもらう程であった(山三ビル各館の位置と各部屋割等は別紙添付図面(一)(1)(2)のとおり。)。

谷口管理人が少年らに注意すると、痰や唾を吐きかけ、ジュース瓶を足元に投げ、殴りかかったりなどして始末に負えないので、しばしば警察に通報して来所してもらったが、少年らは六〇三に逃げ込んだり、一時的におとなしくするのみであったので実効をあげることはできなかった。

(四)  一郎が右少年らグループと行動を共にして迷惑行為をなすのを右管理人に現認されることは少なかったが、同年六月はじめには一郎に同行していた少年が管理室前の公衆電話に備付の電話帳を引き裂いてライターで火をつけ、同室前のドラム罐に放り込んだので、同管理人が警察に通報すべく、管理人室のドアを開けようとして鍵を入れたところ、妨害しようとした一郎に手をつかまれ、受傷したことがあった。また、同年八月二三日には午後三時頃から一郎ら四〇名位の少年達が山三ビル付近に集まり、金属音を出してバイクを運転したりし、少年の一人が故障したバイクを同ビルの自転車置場に押し込もうとしたので谷口管理人がこれを阻止したが、同日午後八時頃更に同管理人が一郎らに対して同ビル敷地内に持ち込んでいたバイクを撤去するよう注意したところ、一郎は昼間にも右管理人に阻止されたこともあって、同人に殴りかかろうとした。

(五)  同年七月二日には原告会社で不動産部課長として同ビルの管理を担当している訴外柿本守治が被告と面談して少年らに注意するよう促し、同月一二日には管理人室前で警察官が少年らから事情聴取をしていたところに被告が帰宅してきたので警察官も被告から事情を聴取して注意を喚起し、更に原告会社では本件訴訟代理人らと善後策を検討したうえ、同年八月一日、同年九月一一日被告各到達の内容証明郵便で、「入居者からの要請もあるので、一郎の親権者、監督者として非行グループの暴挙を阻止されたい。」旨要望し、前記特約の厳守を催告したが、事態は何ら改まるに至らなかった。

(六)  その後同年一〇月頃から、被告は一郎を喫茶店において手伝わせることとしたので、時には少年達が同ビル付近に集まることがあるものの、自然と足が遠のき、住居者らに迷感をかけることはないようになった。

なお、原告は前記少年らの行為によってエレベーター内塗装等補修のために約二七万円を支出した。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二  右一の各事実に基づき検討するに、マンション等形式の住居の賃貸借契約においては、共用部分の使用も契約内容に含まれるから、賃借人も他の賃借人らの使用を妨げないようになすべき用法上の義務があるというべきであって、前記一郎の友人らの行為が被告の監督のもとになされたとは勿論いえないが、少くとも一郎は賃借人である被告の履行補助者であるから、友人らの来訪を断り、或は山三ビル住居者らに対して迷或のかかる行為をなさないように注意、制止すべきであるのにこれを放置したのみか、時には率先して行なったのである。前記内容証明郵便送達の経緯等の事実に照らすと被告もまたこれら一郎や他の少年らの行為を知りながら放置、容認したというを妨げないのであって、一郎が喫茶店を手伝うようになった昭和五六年一〇月頃以降、漸く少年らの集合等は自然消滅したとはいえ、前記少年らの行為が山三ビル住居者らに与えた不安は大きく、原告の受けた損害も前記補修等の出捐にとどまらず、入居者らとの賃上げ交渉の困難、賃貸マンションとしてのイメージのダウンによる入居者募集の困難等による減収も予想され、これら原告の損害の回復は一朝一夕になされるとは言い難いことを考えると、被告には前記特約に違反して本件契約における信頼関係を破壊する行為があったというのが相当である。

以上のとおりであるところ、本訴状が昭和五六年一〇月一八日被告に送達されたことは本件記録に照らして明らかであるから、本件契約は同日をもって解除されたというべく、被告は原告に対して六〇二、六〇三の各明渡と右送達の翌日である同月一九日から各明渡まで各賃料相当損害金として、五万一〇〇〇円、四万二〇〇〇円を支払う義務がある。

なお、被告は抗弁において前記特約を無効として争うが、同特約をなす合理的理由があることは前記判示したところから明らかであって、単なる例文にとどまり、或は借家人に不利な約定ともいえず、また他に抗弁事実を認めるに足る証拠もないから抗弁は採用しない。

三  よって、原告の被告に対する本訴請求は正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧弘二)

<以下省略>

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